阿佐ヶ谷の入りにくい店を訪ねて、その53軒目。
以前から気になっていた喫茶店「Arrow」。阿佐ヶ谷でArrowと検索するとArrow Headがヒットするが、そちらじゃない。
スターロードのもっとも奥まったあたり。黒猫茶房の筋向かいにある。
いつ見ても開いていない。しかし店頭はかなり綺麗。そして内部は覗けない。
いったいいつ開いているのか。
しかしこの疑問は簡単に解けた。店頭に貼られた紙を見ると、営業時間がなんと「7:00amから11:00am」なのだ。
それなら、スターロードを私が徘徊し始める午後には閉店している。これも入りにくいには違いない。
だがこれもまた謎ではなかろうか。
なんで、阿佐ヶ谷でももっともディープな飲み屋街、スターロードで午前のみ営業?
出勤族狙いなのか?
「うちが店を開けようとする時に閉めてるんですよ」と、黒猫茶房店主の影男さんは言う。
というわけで、行って参りました。
今回の同伴者は、美人ピアニスト、Nさん。
彼女は浜離宮ホールでのコンサートで2時間、ショパンだのドビュッシーだのをバリバリ弾く。私はどこかで演奏してもらって、撮影したいと願っている(在仏経験長し)。
朝、10時に現地で待ち合わせ。きぎーっとドアを開けると、すでにN嬢が来ていて、なんとアップライトのピアノを弾いているではないか。
この喫茶店、内部が薄暗く、ピアノが置いてあるのだ。
「センセイ~、このピアノ、残念。調律を三回くらいやらないと弾けないです」。
ご主人のお嬢様のものを、ずっと安置してあるらしい。
店内を見渡すと奥に4席ほどのカウンターがあり、初老の男性がエプロン姿できちんと立っていた。
さらにテーブルがあり、3席。
静かな店内にFMラジオが流れている。
内部は清潔かつなり整っていて、素敵。
私はモーニングAトースト付き、N嬢はBの卵トースト付き。いずれにせよ400円以下である。安い~!
コーヒーは、鍋で温めて出してくれた。なかなかうまい。
マスターがいろいろ話してくれた。
「・・・ここは1978年からやってましてね、かわ清さんより古いです。
Arrowっていうのはね、私が趣味で「和弓」をやってたんですよ。だから、弓矢のアロウ。
自分で昼間に喫茶店を3年間やったんですけど、1981年には閉めちゃいました。
隣も「青い鳥」だったか「青い部屋」だったか。バーで、弾き語りも来てね。
でもここは住宅街で、まだスターロードって言ってなかったですよ。奥に材木屋があって。当時、この建物は裏の窓を開けるとすぐ下を電車が通っていてね」
今は高架となりビルの3階から正面に見えるような中央線の窓が、地面を走っていたため裏窓の下にみえたというのだ。
「ええ、このあたりは下宿が多かったですよ。中央大学や早稲田大学の学生さんがいました」。
と、ここまでは古き良き阿佐ヶ谷を偲ぶ話。ウンウン、と私は聞き入る。
その前はね、本当はひとつの物件だったけど、2つに分割しましてね、西が焼き鳥屋さんで20年間はやっていました。東つまりこのアロウの方は松寿司さんだったんですよ。松寿司さんはスターロード内で移転して、それから1974年にここを居住用にしていたんです。
「・・・私はいまは西荻の店を止めて、ここに住んでいるんで、健康のために朝早く起きて午前中だけ開けてるんです。若い頃は毎日16時間も働いていましたからね、7~8年は掛け持ちで。もう働くのはいいや、と」。
え?西荻の店って何ですか?と私が尋ねると、
「ていうのはね、西荻で1968年に喫茶店を始めていたんですよ。その店は1991年までやったから、一時は掛け持ちだったんで。その上ラーメン屋も・・」
なんだか、話の筋道がよく見えない。N嬢は美味しそうに卵を塗ったパンを食べている。
「・・・ラーメン屋ですよ、親父がやってましてね。あの頃のことだから、子どもはやれと言われたらやるしかないでしょ。日大二高通りの『丸福』」。
私「『丸福』って、荻窪にあった著名店と同じ屋号ですね」
「・・・そうですよ、あれは親父が始めた店だもの」。
えー!!
『丸福』といえば、1980年代には春木屋とともに一世を風靡したラーメン屋である。この二軒が青梅街道沿いにあるせいで、荻窪はラーメンの街として知られるようになった。一時は観光バスが来るほどの盛況ぶりを見せ、二軒の中間にある「佐久信」に客が来ないのでテレビで「突然馬鹿ウマ」店に変貌させる、というイベントが行われたほどである。
その青梅街道『丸福』もいまは閉店。荻窪北口商店街と、西荻窪南口に『丸福』の屋号を持つ二軒がいまも営業している。モヤシ醤油ラーメンだが、味が店によって微妙に違うことでも知られている。
だが後に青梅街道店のみがもの凄いブームに巻き込まれ、脱税騒ぎとかもあって、春木屋近くに移転した後に閉店してしまった。あの店は、一言も喋らず注文しても返事をしない夫婦がやっていたはずだが。
ここからのご主人の話は、驚くべき方向へと転がっていった。といってもラーメン・ファン以外にはなんということもないだろうが、私には腑に落ちる話であった。濃すぎる話なので、項を改めて報告することにしよう。
というのも、「丸福」についてはラーメンの専門家の間でも謎が多いとされてきたからだ。それを解くヒントとして、書き留めておきたい。
謎というのは、「白と黄色の丸福があった」「兄弟が始めたが仲違いした」「丸福のラーメンには煮卵が入っているが、漢珍亭の方が先に始めた」「弟は兄からラーメンの技術を教わった」「青梅街道の『白い丸福』が元祖」「『白』は『ウチはここだけ』と言っているが、それは黄色と白が支店関係にはないということ」といったところである。これらはいまだにラーメン・ファンの間でも釈然としない話とされている。
いろいろ聞いて、ラーメン史の謎が丸福を巡るワンピースにかんしては解けたことになる。次回に荻窪丸福について番外編を掲載するとして、ひとつだけ驚愕の事実をここでは挙げておく。丸福を創業したのは二人の男性であり、うちお一人がArrowのご主人のお父様であるが、その方は106歳でご健在というのだ!
ともあれ、ご主人は1978年にここで喫茶Arrowを開店、西荻Arrowと掛け持ちで、その上日大二高や西荻の丸福を手伝っていたという。1978年には夜は1年間だけ弟(三男)が「バーテンと女の子を3人雇いましてね。オールドのキープで5000円、チャージと水で1500円といった店でした。とんとんの儲けでしたけどね」。
そのあとは1982年から1987年頃まで、女性が店舗を貸りてスナックを営業していたらしい。しかしその後店舗ではなくなり、しかもArrowのご主人である神谷氏は1992年ころにいったん飲食から足を洗い、税法の勉強などしていたために、ずっと閉まっていた。だから私はここが開いているのをずっと見ていなかったのだ。
そしてアロウは2001年から2004年にかけて再オープンした。この時点では午後4時から10時までのスナックである。しかし「客と飲みに出てばかりいて、私は身体壊すかもと思い、さらに2年休んで、再々オープンしたのが2006年。これが現在の早朝の喫茶店なんですよ」。
なーるほど。早朝喫茶の謎も解けたぞ。いまは早起きするために開店しているということだ。
それにしても、もったいないな、このピアノ。N嬢のショパンやドビュッシーがこのしっとりした空間で聞けたら、どんなに心に沁みるだろう?半端じゃない名手ですから。どなたか格安で調律して下さったりしないかしら。
(センセイ)
この度、“どうでしょう”2回目のお声がけを頂きました。阿佐ヶ谷在住ピアニストです。
“アロウ”には一月程前、私一人で密かに視察(!?)に参りました。
と申しますのは、ある日先生の奥様から、
「駅横のアロウというカフェにピアノがあったって。主人が、あそこであなたがコンサートしないかな~って呟いてた…。ウイークデーの、しかも朝7~10時しかやってない店らしいんだけど(実際は11時まで営業でした)…」と伺ったのです。
そんなお話をされては、ピアニストとしては行ってみないわけにはいかない。(アップライトピアノでコンサートをした経験はこれまで、極僅かではありますが…)
ただ、10時に閉店!?となるとなかなか足も運べず…。時は過ぎ…。
でもある朝、5時半にパッチリと目が覚め、その後どう足掻いても寝られない。
「そうだ、こんな日にこそ噂のアロウだ!」と思い立ち、ゆっくり7時の開店を待って入店したのでした。
ということで、まずはその時のお話を少し。
7時5分。当然お客第一号。
「こんな朝イチに、しかも新顔!?」といった表情のマスターだった気がします。
おはようございます♪と挨拶しながら、横目ですかさずピアノをcheck!
ある!が、いかにも長年弾かれていない、という佇まい。
そこはスルーし、まずはマスターの真ん前のカウンターに座り、コーヒーとトーストのセットを注文しました。
お天気の話などを交わし、静かにお湯の沸く音を聞きながら、「…ピアノがありますね…」と切り出す。
「あ~…はい。昔、娘が小さい頃弾いていたんですがね、今は誰も…。でも、娘がしきりに売るな!と言うんです。仕方ないからそこに置いてあるんですよ。邪魔なんですけどねえ…」
「えーっ!!そんな可哀想なこと、おっしゃらないであげてください~!!」(注:もちろんピアノがです!)
で、「実は私ピアニストなんですが、ここにピアノがあると知人から伺って、コーヒーも好きだし、どんなピアノだろう…と気にもなって、今日初めてお邪魔したんですよ。」と打ち明けました。
「あ~そうでしたか。それはそれは…」
「ちょっと見せて頂いていいですか?」
「どうぞどうぞ!是非弾いてみてください。でも音出るかな…」
まあ、まだお客は私だけだし、「ではちょっと失礼して…」と、前を塞ぐテーブル達を少しずらしてピアノに近付き、いざ、カバーにされている大判の藍染め風呂敷(!?)をめくり、そっと蓋を開ける…。
と、今まで見たことのないメーカー!
CHARIS …!? どこ製!?
マスター曰く「韓国製…」。
今は無き…でしょうか。
わかりません。
そっと音を鳴らしてみる。
嗚呼…。案の定の狂いまくり~。
とても弾き続けられません。(朝飯前にはキツイ!!)
調律を何度か重ねないと落ち着かないでしょう。
「突然鳴らしてごめんね…」と心で呟きながら、またゆっくり蓋を閉じました。
というわけで、ピアノの、存在の訳、およそのお年を知りました。
その後は、コーヒーとトーストを頂きながら、営業時間超限定の理由や(ひたすらご自分の健康維持の為だそうです。毎朝決まった時間に起きてカウンター前に立つという生活リズムキープ)、マスターとアロウのおおまかな歴史などのお話を伺い、お店を後にしました。
久しぶりのシンプルな朝食は、トーストが分厚い(3㌢位!)と美味しいなと感じるものでした。
320円也。視察完了!
で、いよいよ今日はどうでしょう。
二度目のアロウです♪
先生より一歩先に到着すると、10時で今日も他のお客様の姿なし。
マスターに、先月一度お邪魔しました!とご挨拶。
今日はここを教えて下さった方と待ち合わせです、と伝え、またピアノに視線を移す。
勿論あの時のままですが、果たして調律したら復活するのか!?をもう一度探りたくなり、お許しを頂いて改めてポロンポロン…。
う…、やっぱり胃に悪い…。
そのうち調律師さんを誘って再訪ですかね…。
まず中を開けて診察して貰わないと…。
そこへ、先生ご来店。
「お♪早速やってるね♪」
それから先生はコーヒーとトーストを。私はコーヒーと卵トーストなる、もう一つのセット(400円)を注文してみました。ゆるやかに先生のリサーチが滑り出します。
…で、はっきり申し上げて、そこから先はもう先生に“丸投げ”したいですね…。
何故なら、なんとその後の話題は「荻窪界隈の熾烈なるラーメン店の戦い 栄枯盛衰の歴史 !!」一色でしたから。
マスターが超有名ラーメン店のご子息と判明したからです。
先生の興奮は高まり、スマホにメモメモの手捌きも走る走る!!
ラーメンは1年に一回食べるかどうか!?の私は、ただただ「ふ~ん」「へ~」と聞いておりました。
ということで、一つだけ。
卵トーストについて。
初めて見るタイプでした。
ゆで卵を潰しマヨネーズで和えたろうものが、分厚いトーストの上に塗られ、焼かれたもの。
マスタードのパンチがかなり効いているお食事的なトーストで、朝のタンパク質補給やブランチによさそうです。
ちなみに、朝限定のカフェでありながら、なんとメニューにビール(350円)があります!!
これ、ビールに合うこと間違いなしですね。
土日も営業しているなら、朝ビールのニーズもあるかも!?ですが…いやはや…。
それが出来る方、したい方!
是非アロウへ!!
ちなみに、メニューの中で最も高価な抹茶オーレ(500円)もございます。
お子様も是非どうぞ!
とにもかくにも、様々な歴史の詰まった、昭和なカフェ♪
トースターや電子レンジオーブンもレトロ!!
20~30年物だそうですが、ピカピカ!!
お仕事もキッチリ!!のマスターのお姿そのまま。
いや~…見倣いたい…
開拓の可能性は感じます。
なにか企んでみますか?
(ピアニスト)
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