阿佐ヶ谷の入りにくい店を訪ねて48軒目。
どうですか、ここは知らないでしょう。と言いたくなるのは第一に産業会館通りはずれの「パステル屋」だが、青梅街道沿いにももう一軒。
ここは何年か前に暗闇の中を歩いていて、見つけた。現在は「晴々」になっているラーメン店の角を南に折れた地下にある。
昼間は人気もないので、店をやっている店舗かどうかも分からない。そしてつい先日も夜10時に訪ねたが、閉まっていた。いったい、営業しているんだか廃業したんだか。ネットにはほそぼそと生きているらしい情報が出てはいるが、ブログやFBなどで活発な風もない。
本日は10時半、またまた本サイトの相方としては新人であるクラシック・ピアニストのN嬢と、再訪したのだった。彼女はフランスで研鑽を積み、つい先日も浜離宮ホールなんていう立派なホールで2時間の単独コンサートを開催した美女である。
ワタシは初めて彼女の演奏をそこで聴いたんだが、ドビュッシーとか、真綿で包みこむようなシーツ・オブ・サウンドでしたよ。クラシックもなかなかすてきと見直した次第。
しかし今回はそんなN嬢にむちゃぶりで、この知られざるロックバーに行ってみようという企画。
といっても、何年か前に来たときは、実にウェルカムだったし、かかっているのもあんまりマニアックじゃなかった気がする。まったくロックを知らないが、鍵盤ならプロ中のプロというN嬢がどんな反応を示すか?ワクワク。
看板が、『晴々』の前にも出て、煌々と輝いています。なんだ、やる気あるじゃない?
きっちり閉められたドアを強く押し、階段を降りる。そこで曲がらないと内部が見えない仕組み。曲がる前に臆して引き返す人もいるんじゃないか?まあ、存分に入りにくい店ですね。
「ああ~いらっしゃい」。
拍子抜けするような歓迎の声を上げたのは、カウンターに並んで座っていた2人。1人はマスターで1人は女性客らしい。
カウンターは6席、年季の入った高い椅子に座る。後ろには卓が2つあり、椅子は6つか?奥のトイレ前が広いので、ここでライブをやるのだろう。落ち着く店内だ。入りにくいが、入ると出る気にならないかな。
メニューは多い。
コロナを頼むと、ライムがない。
グレープフルーツジュースハイは、ジュースがない
「いや~、ないものが多いです、すみません」
季節のせいか?
「いや、季節にも関係なくて。私、親の介護をしていて、横須賀から2時間半かけて来ているんで。八月いっぱいで閉店するんですよ」。
なんと、せっかく来たのに閉店とは。
「だけどお客さんが引き継いでくれるんで、店はそのまま残ります」
あらら、それはよかった。
N嬢は、目の前の長いトゲトゲ付きのブレスレットが気に入った様子。なるほど、これをしてクラシックのコンサートはないわな。
「好きだからドクロを集めてるんですが、それを知ったお客さんが次々に持ってきてくれて・・」
著名作家さんがわざわざ作ってくれた、上体がリアルな像もある。
お休みは日曜日。しかし前に来たのは水曜だったが。
「いや、始まるのは11時頃なんで。5時頃まで開けてます」
なんと、9時に来たのでは早すぎたのか。
当店の常連は、映画や音楽関係者、役者、イラストレーター、60過ぎてモヒカンの人と自由業が大半という。
「リクエストされるとめんどくさいんで、きっちり『ロックバー』とはいえないかなぁ」
ワタシはロリー・ギャラガーやウィッシュボーン・アッシュなんかの話をする。マスターは実にひとのいいお兄さんという感じ。
「この年になると、ロックで突っ張るってのもなくなりますね。言葉と音が一緒に入るのはちあきなおみや美空ひばりも一緒だって、分かってきました。一流はわかるってことでしょうか。演歌なんかとおもってたけど、心はおなじかな、と。」
この丸さが、店内の温かさの理由かな?
JBの話題から、そのままワタシのリクエストに応えて「ブルース・ブラザース」をモニターで上映してくれた。何回見たか忘れるくらいだが、それでもこの映画は面白い。アレサ・フランクリンから亭主が三行半を突きつけられるシーンとか、レイ・チャールズの楽器屋とか。
N嬢も、教会での狂乱のダンスには興味津々の様子。
トイレに入ると、そこも黒に統一されていた。新客が迷い込むこともほとんどない店だが、実に居心地がよい。
我々が帰ろうとしたところに、次のお客が登場。
「次のオーナーさんです。」
黒帽子で、ひげを蓄えている。健康そのもので生まれ変わった田代まさしという感じの方。こんなマーシーでいて欲しかった・・。
これからも新オーナーのもと、暖かい雰囲気を保ってもらえるのだろう。深夜のみ営業となると、依然として阿佐ヶ谷住民にはあまり知られないだろうけど。
(センセイ)