30軒目。ドータ君との巡礼、3軒目。
この巡礼は、多くは店の紹介であるし、この店もネットには実名が出てくる。でも女将さんが日々、疲れないように気遣いながら、しかし手の回る範囲で精一杯のものを作ってくれるお店なんで、匿名にします。ぜひにという方のみお立ち寄り下さい。
焼酎が好きな方、それも炭で濾過したような焼酎ブーム以降の売れ筋ではなく、古い作り方のものがとくに好きな方。発酵食品に目のない方、そして静かに飲んでいただける方、つまり清く正しく飲みに行ける方、どうぞ。
さて、「か〇〇」だ。
ここに行くとワタシは、思わず背筋を伸ばしてしまう。
イマドキのブームより遙か以前、まだ焼酎が地元で飲む安酒だった時代から、女将さんは蔵元を訪ね、離島に赴きながら焼酎を集めた。絶品揃いだ。
ラジオの講談が流れたりする静かな店内、三枚の大皿つまみが盛られ、丁寧にラップがかけられている。
「今日はしこいわしを煮ました」、と女将さん。
つきだしは、さんまこぶ締め、胡瓜、わかめ、味噌。どれも仕事が丁寧にしてある。
それに追加して、芥子蓮根をお願いすることに。ここのはなんと言っても薄焼き卵がちゃんと巻いてあるあたりが素晴らしい。柚餅子なんてのもある。手間暇かける思いが伝わってくるんだな。
それに豆腐よう。なんと、自家製です。本日は八ヶ月もの。ふかい味わい、ねっとり口に残って焼酎がしみる。いい塩梅に発酵しているなぁ。
「八丈の黄こうじの麦、生産ストップしてるのを行きますか?」
これは。ふわっとした、いまだ経験のない不思議な味わい。
「鰻を目打ちして裂き続けたので、指が曲がったっきりになっちゃった」と女将さんは笑う。以前は鰻を出していたが、指のせいで出せなくなった。当店は開店37年になるそうだ。開店8年で、ご主人が突然亡くなられた。それでも女将さんは、子供を二人育てた。
「生きる力はありますよ~。戦中も知ってますし」。女将さんは長崎の出で、小一で終戦を迎えたそうだ。
でもそれなら、売れ筋の飲食だけやっていれば済むはず。生きるために仕事をしていると仰るわりには、焼酎の追求、発酵食品の研究には余念がない。ここは、阿佐ヶ谷文化の聖地だ。
有名どころの焼酎も、いまどきの味ではない。森伊蔵が25年、伊佐美が20年もの。常温でいただくと、丸い味。かめはつぎたしするから、まるくなるのに時間かかるのだそう。
「青島には、一週間いたんですよ、バッションフルーツを摘むのを手伝って」
青島は東京都である。小笠原の近く、絶海の島で、港がない。船は接岸したらクレーンで引き揚げたり下ろしたりする。そんなところで、それぞれの家で作っていた「青酎」を仕入れてきた。これは玄米茶のような味。貴重な原酒60度、30年物をいただく。
「酒づくりは個性が出るから、不思議でしょ。追いかけて追いかけて、気づいたら37年で、行ったのは離島ばかりでねぇ」。
毅然として仕事をする。昭和の女というか。
青酎はいつも最後。濃いからね。これも女将さんに教わった。瓶から汲んでもらえば、「今日もおしまい」という気にさせられる。というわけで、本日もしっとりといただきました。
「親の意見と冷や酒はあとで効いてきますからね」。
横を見ると、ドータが泣いてる。親を思い出したらしい。辛子蓮根もきいたかな。
(センセイ)
僕はこの店に弱い。
前にも一度先生に連れてこられたが
その時も、少し涙腺が緩んだのを覚えている。
スターロードの奥の方、もうボロボロになった大きな白い提灯が目印
焼酎に特化したお店でかれこれ37年この地で営業されているそう。
切り盛りをしているのは髪の短い女将さん。
阿佐ヶ谷のこの地でご主人と二人でお店を始めたのだが
数年後ご主人を亡くし、それでも子供がいたのでなんとかせねば、と
見よう見まねで始め、真摯に我武者羅にこのお店を続けてこられたのだ
そして、気が付けば子供も育て上げ、今は37年の月日がその歴史を静かに語るお店。
僕の母親も田舎で父と小料理屋をやっていたのだが
5年で父が突然他界し、子供を育てるために全くやったことのない経営を
一日2,3時間の睡眠で反抗期の僕らを育て上げてくれたのだ。
髪の短い所まで似ている、そんな女将さんに会う度に
いやがおうにも田舎にいる母を思い出し
母も、そうだったのかなぁ、と思う度に涙腺が緩まる。歳のせいではない。
まずはお任せで焼酎の水割りを一杯頂いた。
小鹿の白だったかな。
焼酎のきつさは無いものの、芋の甘味とうま味がしっかり残る良いお酒だ。
お通しは秋刀魚の昆布〆、おきゅうと(だと思う)の酢味噌和え
さらに、カウンターにあったからし蓮根と、先生一押しの自家製豆腐ようを頂いた。
からし蓮根は蓮根のシャキシャキ感と、仄かなツンとした辛みが旨い
これはお酒が進んでしまう。
そしてそれ以上にお酒の進みを加速させたのが豆腐ようだ
二杯目もお任せで、南泉のお湯割り。
豆腐ようはチロルチョコぐらいのサイズを先生と僕でつまみ合ったのだが
いくら一粒ぐらいの量を口に運べば、適度な塩分と、ねっとりしたコクのあるチーズのような旨み、
発酵、熟成が進んだ本当に素晴らしい逸品だ。
一朝一夕に出来上がっているものなんてこの店には
いや、女将さんの周りには一つも無いんだろうなきっと。
時間をかけることで旨みが増した豆腐ようのように
女将さんの言葉も一つ一つすべてが嘘偽りのない莫大な時間の上にある言葉。
そんな中でも
『人生には無駄な事なんて一切無いんですよきっと』
若者である僕に一番グサッと来たのは
この一言に尽きるな。
よし!なんかがんばれそう!
って思ってしまう。
今日、ここに来れたのもきっと何かに導かれているんだろう
と思えてしまうほど、素敵すぎる時間が過ぎる
二杯目が空いたころ
これをちょっと飲んでみてください。と
小さなおちょこに入れて出してくれたのは
青ヶ島の青酎の30年古酒、アルコール度数は60度
舌の上に数滴落とすだけで香りが口いっぱいに広がり
余韻がずっと続く。
度数の強いお酒にありがちな、きつさは一切ない。
この店に居ると時間の感覚が大きく揺さぶられる。
古い物なのに、新鮮。
また、37年やってこられたのに
カウンターに座ると見える冷蔵庫が
新品のように綺麗。この冷蔵庫を見に行くだけでも価値があるんじゃないかと思ってしまう。
女将さんの言葉と
女将さんが語らなくても語るお店の端々
丁寧に作られたお料理と、他では飲めないお酒。
このお店も女将さんも自分も悠久の時間の一部なんだと感じる。
まさに現在進行形の文化財だと思えます。
仕事や家庭、人生に迷いが生じたら
何か、スタートを切るきっかけが欲しかったら
ここにまた来よう、そう決めてお店をあとにしました。
(ドータ 30代飲食店経営)
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