入りにくい店を求めて、60軒目。
いよいよ大台ですね。
しかし当方が訪ねたうちにも閉店される店が少なくなく、寂しいような。
今回は以前から「入りにくい」ジャンルである、「外人さんが経営する店」を訪れようと、「枝美とリック」へ。
スナックにいるみたいな女性と、アメリカーンな男性が掛け合いをやっていたら、入りにくいよね。
この店、「居酒屋」とちょうちんがあり、おまけに看板の位置に電光掲示板のようなものがあり、メニューが次々と文字で示されます。豆腐を使ったつまみやお食事が多い。なんだか入りやすそうな気がしてきた。
隣にひっそりとある「ブラジル家庭料理」の方が、謎なんじゃないか。「エリーザ」って名前も清楚でプリプリしたビキニ女性を連想するし(オレだけか)。
で、こっちに入ってみました。思ったより狭い。カウンター4席、通路も狭くテーブルがあり、5人は座れるかもしれないが横並びが無難かも。
「あらぁ。いらっしゃい」。女将さんが怪訝そうな声で迎えてくれる。先客は一人、カウンターでグラスを傾けている。なんだか私は場違いか?
メニューを見せてもらうとビール500円とか、ホッピー白400円とか書いてある。普通の値段かな。
しかしよく見ると、「飲み放題メニュー」と書いてあるぞ。
「この店を誰かから聞いてきました?」と女将。
「いや、通りすがりに素敵だな、と思って」と私。
どうやら女将さんは半世紀もサンパウロに住んでいて、大きな自宅で日本料理屋(たまゆら)を経営していたところ、現地の大手日本企業の社員が連日押しかける大繁盛店となり、お嬢さん夫婦が日本に戻るのを機にご自分も帰国されたそうだ。
この店は女将さんにお世話になった元駐在員が、サンパウロを思い出しては集うんだとか。だから新顔は滅多に来ないということなんだろう。先客のロマンスグレー男性もその一人。誰もが知る大企業にお勤めだったが帰国後は裁判関係の仕事をしておられるとか。悠々自適ですね。
食事もメニューにいろいろあるので、アリちゃん到着までに頼んでみる。と、
「せくなはやるなーっ」と女将が一喝。
なにやら注文には女将ルールがあるみたい。
そこにアリちゃん登場。サラダも登場。北海道の赤いビーツとか入って、珍しい。食材もブラジル風だ。
「あたしゃ神楽坂の生まれでね、江戸っ子だよ。
子供の時から日本舞踊やってんの。前の東京五輪でもエキジビションで舞ったわよ。それで旦那とブラジルに渡ってからも現地で教えることになり、四百人か弟子ができて、自分の流派をこさえたの。「池芝みどり」ってんだよ、あたし。」
「だから私が入ってきたときに振り付けを考えてたのか」と先客男性。
新作の振り付けを書いては、ブラジルのお弟子さんにファックスしているらしい。
肉の串とか出てきて、カイペリーニャを飲むうちに、どんどん「池芝みどり一代記」を聞いてる感じになってきた。
「いっかい、ブラジル行ってちょうだい!」と私たちに。「ブラジルに行って2度と行きたくないって人はいないわよー!」
と言いながら、先客のほっぺたをすりすりしたりしてる。まるで女将さんのオモチャである。
「ミ・アモーレ!」
なんだかとても楽しくなった。とても七十代とは思えないエネルギーだ。
一週間後、再訪してみた。
超満員で、もう一人女性がいる。
「エリーザと申します」。
そうか、娘さんの名前がエリーザだったんだ。豆スープを出していただいて、ご飯にかけて食べる。これ、うまいな。
その夜は娘さんのご主人もいて、ギターみたいな「カバキーニョ」を弾き始めた。
明るく切なく歌い上げるサンバである。
思い出、切なさ、明るさ。エリーザは楽しい家庭料理の店なのだった。
本日の1軒目は南阿佐ヶ谷にある「枝美とリック」。
ですが、その前に隣のブラジル家庭料理に行くことに。
そんな店あったっけなー?と思いながら向かっていると、先に入ったセンセイからメールが。
「怪しい」
行く前から緊張感が高まります。
お店に入るとセンセイの他にロマンスグレーの男性客と小柄な女性が。このお母さんがどうやら店主さんらしい。
勝手に陽気な外国人店主を想像してたのでこれは予想外。
そして既に3人で大盛り上がり。入っていけるか不安が募ります…
1杯目はビール派ですが、せっかくなので瓶ビールをチェイサー代わりにして 「カイピリーニャ」というブラジルのカクテルを注文。
飲んでみると、結構アルコール強っ!でもライムがさわやかで飲みやすい。つまり危険なやつです。
サラダも一見普通に見えて、ビーツやオリーブが乗っててどことなく漂うブラジル感。
というかブラジル料理ってシュラスコぐらいしかわからないなーと思って聞いてみると、シュラスコは農家しか食べないそう。確かに、日本の一般家庭でマグロ解体したりしないですよね、納得。
お母さんは元々サンパウロで約半世紀和食料理屋をやっていたけど、2年前に帰国しこちらのお店を始めたとの事。
サンパウロ時代は大きな自宅のリビングを改装してお店にしていて、日本人駐在員の社交場であり、憩いの場になっていたとの事。
ロマンスグレーの男性客(以下Yちゃん)も当時のお客さんだそう。何十年も前から国を変えて、再び店主とお客さんの関係になれるって素晴らしい。
他にも2歳から日本舞踊を習っていてブラジルで教えていたとか、娘さんの旦那様とブラジル駐在時に知り合って結婚し、その後日本に帰国したとか、その旦那様はブラジルにはまりすぎてサンバサークルを作っただとか、サラダを食べ終わる頃にはお母さん情報が供給過多状態に。
というのも、お母さんのトークがかなりのマシンガンで、1撃つと100迎撃される。通常飲食店だと客が話して店員が聞くというのが基本スタイルだが、もはやお母さんの独壇場。
でもまっったく不快ではなく、むしろどんどんあれこれ聞きたくなってくる。
飲み物をワインに変え、串スタイルの肉料理を頼んでさらに話を伺う事に。
Yちゃんもかなりご機嫌な状態のようで、お母さんとの思い出話で盛り上がります。
ちょいちょいお母さんがYちゃんの頭やほっぺたをなでるのもブラジル流スキンシップなのでしょうか。
と思い出話をたどるうちに、昔Yちゃんからお裁縫のお礼にバラの花束をもらったという話に。
…え?バラの花束??お裁縫のお礼で??
おいおいそれってYちゃん…と思っていると、センセイも同じことを考えていた模様。
これはもう、ワインお代わりするしかないでしょう。
お母さんは当時Yちゃんの恋心に気づかなかったとの事ですが 女の勘だと、気づいていたけど気づかないふりをしていたんでしょうね、きっと。
これだけ面白くて今でも綺麗な方なので、そりゃーモテたでしょうから。
Yちゃんの恋路の行方を応援します。
お店を出て時計を見ると2軒目に向かう時間に。
あ、結局「枝美とリック」に行ってない。
まぁでも、素敵な誤算でした。
(30代、お酒大好きな女性)