入りにくい店は何故入りにくいのか。このシンプルな謎に挑戦してすでに15軒の我々、センセイ・ハヤトの二人ではあるが、早くから注目しておりながら難攻不落の砦があった。
その名もズバリ、「あそこ」。スターロードの突き当たり左、「木の蔵」のあるビル二階、夜ごとに看板が緑に輝く「あそこ」だ。
しかし我々が最初からこの店を狙っていたわけではない。というか、いかに入りにくい店マニアの我らと言えども、ここだけは尻込みしていた。まあ、なんといっても堂々と「あそこ」と謳うのだから。変なおばちゃんにあそこを囓られそうではないか。
だがしかし。とある日、爽やかな青年がやっているワインバー「木の蔵」で、マスターに「入りにくい店ってありますかねぇ」、と尋ねたのが始まりだった。彼が発音したのが、この店名だったのである。「あ・そ・こ」。
うーん。人に紹介しづらい名ではあるな。
「あそこで行きたい」、「あそこで遊ぶ」、「あそこに入った」・・どう言いかえても、なんだかビミョーな。
「口の大きなママがやってて。僕は小学校の頃から知ってますが、時々お客を丸呑みにします・・」と真剣なふりだか、ふざけているのか、「木の蔵」のヒゲマスター。
というわけで、やはりチャレンジすることにしたのだ。
しか~し。難関は、我々がもっぱら活動する土日に閉まっていることだけではない。ある金曜の夜、看板に煌々と灯りが点っているのを確認した後、ハヤトが仕事場からかけつけるのを私は待っていた。そしてハヤトが看板の撮影を終えたのを見て階段を上がり、ドアを押したのである。ところが、これが開かないのだ。ぐっと押しても、ノックしても、反応がない。なにやら音は聞こえるのだが、店じまいに夢中なんだろうか。
こうしてあそこは、我々にとって難攻不落の城と目されるようになったのだ。私が看板に灯りを見つけてもハヤトが仕事で出てこられず、ハヤトが開店を確認しても、私が仕事を手放せず・・・しかし待つことこと三ヶ月。二人の都合が合い、ようやくあそこにアタックする日がやってきたのである。
ドキドキしながら重厚な扉を押す。隙間が開くと、すぐにカラオケの音楽と歌声が溢れ出てきた。ド演歌だ。立って歌うのは中年(といっても60代か?)男性。フロアでやはり中年男性がお店の女性らしき熟女とチーク中。もう一組、カウンターには中年の男性と30前後の女性の訳あり気なカップルが。
なかなかゴージャスな造り。カウンター内はピカピカのボトルがずらりと並ぶ。名前から予想される雰囲気とは違うじゃないか、「あそこ」。カウンターは7席、奥にテーブルが2卓ある。
もう一人の熟女に連れられて、奥のゴージャスな椅子席へ。「松田聖子です~」と熟女。若いとか、可愛いとかいう意味なのか?どうもリアクションに困るノリではある。しかし、目を凝らして見ると、顔の造作は可愛いと言えなくもないな、熟女。
「あらーん、あそこは若い子2人で有名なのよ~、ママと聖子で」と、リアクションできないままのトークは続く。聖子嬢は従業員で、ママはチークからカウンター内に戻った方らしい。「40代50代は珍しいわ、若手よぉ」。あ、そうすか。私も若手。しかしハヤトは息子、いや孫の年齢である。
「あそこなんて店名なんで、つい入れたくて、いや入りたくて」、とワタシもオヤジノリになってきた。歌のおじさん、カウンター内のママに手を伸ばし顎をなでて「ひひーん」なんてやってる。「僕でよければさあ、どうぞ」「菅さんもまったくダメだね~」なんて、政治ネタを下ネタに混ぜながら、スナックトーク全開になってきた。
もう一人の紳士が歌い始めた。あら、これは上手い。歌い込んでるな、かなり。しかもボックスとか行ってない感じ。スナック修行の高段者クラスと見える。「あの方ね、奥さんに先立たれた弁護士先生なのよ~。パソコンに歌いたい曲を入れて、練習してからくるの」
ママが交替でやってきた。「木の蔵」マスターによればウワバミみたいな人とのことだったが、妙につぶらな瞳の熟女である。ちびまる子ぽい、というか。聖子ちゃんとは15年、この店をやってきたという。ママとしては二代目、つまり「あそこ」は前任者がつけた店名らしい。しかし継いだ時に変えないものなんだろうか?あそこ。
ワタシが裕次郎「ブランデーグラス」を歌うと、もう一人の男性もチークを始めた。この方は「大社長」と呼ばれている。ワタシが歌い終わると、弁護士先生と二人して立ち上がり、肩を組んでデュエットし始めた。ママと聖子がマラカスをもってきて、えらい盛り上がりようだ。カウンターの訳ありカップルはしっぽりヒソヒソ話しをしているんだが。
かくして阿佐谷の夜は更けてゆく。秘境「あそこ」は、おやじのパラダイスなのであった。
今日あそこに行ってきた。
え?
うん、だからあそこ。
え?
だからあそこ。
この話をすると、こんなやり取りが期待される15件目。ここはセンセイ、ハヤトが2度ほどトライしたが、やはりこの威圧感にて入る事が躊躇われていた。
そればかりか、「今なら開いている」とセンセイから連絡を受け、すぐに向かってみれば閉まっている。ほんの15分前は開いていたのに。。。上をちらっと見れば、そこには動く人影がこちらを見ていた。
こ、こわい。
もしかして都市伝説級の飲み屋なんではないのか?と思わされる事が何度もあった。
しかし今宵、あそこの扉は開かれたのです。
阿佐ヶ谷はスターロード、喧噪のその奥地。普段はついていない看板に明かりがついていた。二人で、目を合わせうなずく。その姿はさながら突入直前のSWATのよう。階段をあがると、分厚く重たそうな扉が入るのをためらわせる。このドアを開けるには今まで以上に緊張感があった。以前もこのドアの前までは来た事があるが、開けた事はない。馴染みの某店のように、気軽にはあけれない。
しかし、よくよく考えるとこの「緊張感」、過去振り返るとどんなお店でも緊張してきた事だとふと気づく。今では気軽に入れる店でも、初めてドアを開けるときはいつも緊張していたと思う。未知の世界へ踏み入れるときはいつも一握りの勇気がいる。
そして今宵もこの一握りの勇気と共にそっと扉を開けると、店内から独特の空気と音が漏れだす。流れてくるのは音楽、The ENKA。フロアでたって歌う人がいる。壮年とも言うべき年齢であろうか。そして初めて見るチークダンス。おお、昭和な雰囲気が。
店内は想像していた以上に豪華な作り。みっともない事に、残金が頭に思い浮かぶ。。。
カウンター7席、テーブル2席、人が軽く踊れるそこそこに広めのスナック?だ。ママか?と思った女性に奥のテーブルに案内され着席。「松田聖子です〜」と自己紹介。当然リアクションに困る。反応でどんな客か見極めようと言うのだろうか、心理戦に勝手に入った気分。
リアクションもうまい事とれずにいると、構わずお酒が運ばれて乾杯。センセイはなれているのだろうか、すいすいと話をしつつ、ケータイにてメモ。色々と話していると年齢の話になった。お客様の多くは60~70代との事で、センセイで若手、僕に至っては・・・何だろう、丁稚ぐらいであろうか、若造にもなれていないとの事だ。
ちらっと話を聞けば、カウンターにいる仲の良さそうなご年配の方は、弁護士と大社長らしい。企業の代表とその顧問弁護士といった関係だろうか、親密に話したり、カラオケの勝負をしている。しかし巧い、というか巧そうに聞こえる。
そんな中、松田聖子さんがカラオケを歌ってくださいとふってくる。この中で歌うのは相当きっつい。だってみんな巧いし、演歌系は俺の範疇外、さらに二人が熱中しているところで割り込む形となる・・・。今日も頼むぜ、松山先生。
しかしこの店に来ている人は本当に楽しそうに過ごされている。自分に関してはドキドキが止まらない状態だったが、来ている人にとっては仕事終えた後の楽園と化するのだろう。親父文化の極み、阿佐ヶ谷にあり。ってところだろうか。
まだまだお店の楽しみ方はたくさんあるのだろうけど、一度扉を開けてみれば、年齢関係なく必ずウェルカムしてくれると思います。そこでの楽しみ方を分かる人ならなおさら楽しめる事は間違いないでしょう。