相方が見つからずしばらく休憩していた「どうでしょう」。道太君が激務の合間をぬって参戦してくれるというので再開します。
今回は37軒目の入りにくい店。蕎麦「道心」です。「道太」と行くなら「道心」でしょ。
南阿佐谷の青梅街道と中杉通りのT字路は北東の角に杉並区役所がありますが、青梅街道の高円寺方面一つ目の角を北に折れて区役所の裏に出た一角に飲食店の店舗が建ち並びます。そのひとつがここ「道心」。なんだか宗教めいていますが、店主の清宮道心氏の本名ですね。
ここはかつて同じ蕎麦屋の「慈久庵」なる有名な店があった跡地で、ツウとされる人たちからやたらに絶賛されていた店だっただけに、その後に同業で入った時は「いい度胸してるなぁ」と感じたものでした。
前の店はなにしろ女将さんが無意味にうるさく、先客がいないのに席を指定されたり、水を頼んだら「当店は出しません」と言われたりした。それで私は一度しか行かなかったが、田中康夫氏が褒めているのを読むと、有名人には優しかったみたいね。
その点、道心は、誰にも腰が低い。しかし突っ張っているところもあって、それがジワジワと店内に広がってきている。隠しきれない魂とでも言うか。それが「ロック魂」である。
蕎麦も魂が籠もっていて、なにしろ一本一本の太さがバラバラ。その食感が楽しく、しかも蕎麦湯には蕎麦粉がぶちこんであるのでドロドロのポタージュ状。食感を楽しみ身体も温めるのがここの蕎麦で、うるさいツウからは邪道視されかねないものだ。でも私はこれで構わない。ロック魂だから。
開店当初は大人しく伝統的な蕎麦屋然とした店内だったが、このところロック魂が次第に店舗を浸食、全体覆っている気がする。というわけで今回は、道太君にコンちゃんジュンちゃん、最近仕事で知り合った女性2人を「ロックと蕎麦の店はどう?」と誘ったところ食いつきが好感触だったので、行ってみたい。
さっぱりした店内。4人席が3つに2人席が2つ。その隣に、以前にはなかった背の高いスピーカーが2つ置かれ、ロックの掲示板が鎮座している。ビッグバンドのジャズボーカルや、ボサノバがかかっています。早い時間だと、もろ、ロックなんだけどね。
「あたしゃあんたのそばがいい」と都々逸の文句が貼ってある(「信州信濃の新蕎麦よりも」に続く句)。そうしたシャレとともに、直球の宣言も。
「道心の心根
蕎麦の美味は「香り」にあり、蕎麦は打つものではなく、香りを挽き、織り込むものだと学び、鍛錬して参りました。そば屋の仕事は、蕎麦のもつ「うまみ」を、お客様にそのままお届けすることだと思っています、云々」
と額に記してある。こりゃ、うまそうだよなぁ。
特製のが、「香織りせいろ」。香りと織り込むをかけた、道心の心根、ロック魂全開のおそばだ。お願いする。本日は、「北海道深川市音江産そば」。産地も明記してあって、いい感じ。
8時前だが、男性の一人客がぱらぱらと入ってくる。3人が3席に別れ、それぞれにせいろとビールなど頼んで、仕事のあとの一息ついている。ほっとするひとときだね。お疲れ様です。
私たちも、「そば刺し」を注文してみる。さっそく出てきたのはラザニアのパスタみたいに板状で幅広、2cmはあるか?これに汁が掛かっていて、カイワレとネギが散らしてある(450円)。これはビールのつまみにいい。で、カンパーイ。
香織りせいろが出てきた。
太さまちまち、太い一本に白いつぶつぶが織り込まれている様子が見える。この荒っぽさが、ロックな蕎麦屋の真骨頂か。「機械で打つみたいに正確に」がよい蕎麦と定義する漫画「そばもん」なんかからしたら、邪道もいいところ。でも均質になっていないから繊維感があるし、香りもあるんだな。だいたい、均等の幅で切るって、手書きよりも印刷の習字の方がいいって言ってるみたいじゃないか?
乾かないうちに、ずるずるとすする。つゆはかなり濃い。少しだけつける。
結構、腹一杯になったところに、ドロドロに白濁した蕎麦湯が陶器に入れられて登場。これをつゆに注ぐと、ポタージュスープに醤油を垂らしたような色になる。すすると、熱い!少し冷えた腹が一気に温まる。うまいなぁ。
山かけ(せいろ) 1400円
鴨南蛮(せいろ)1400円
などもあるが、香織りせいろ&田舎せいろの二色盛り、なんてのもある。ジュン・コンの2人はこれを食べていた。
掲示板を見ると、仲間の伝言や広告が沢山貼られているが、「ギター教えます お蕎麦つき」なんてのもある。ギターを習って、先生手打ちの蕎麦も食べられるってことか?このあたりも、ロック魂全開の蕎麦屋なのでした。
(センセイ)
自分が大人になったんだ
と言うものが感じられる瞬間ベスト3
NHKがやたら面白く感じる時
山菜の苦味を求め出す春
そして、今回の蕎麦屋で飲むという事が出来るようになった時、だ。
よく似たものに寿司屋で飲む時というのもあるが
新鮮なお魚をつまみにお酒を飲んでいる自分というのは
案外早くから想像が付く。がしかし蕎麦屋においては
そばを食べに行くこと意外に目的化することが案外難しく
実際に今回を入れてもまだ数回しか蕎麦屋で飲むというハードルを飛び越えていない。
蕎麦屋に行く際の問答としたら
『どこかに飲みに行こうぜ!』
『じゃ、美味い蕎麦屋があるからそこにしよう!』
ではなく、
『どこかにご飯食べに行こうぜ!』
『じゃ、美味い蕎麦屋があるからそこにしよう!』
だ。
今回、先生に一軒目は蕎麦屋に行きましょう、と言われた際に
僕の中で、そういった大人の階段を上る楽しみによる期待感が静かに湧き上がったのだった。
連れて行ってもらった先は【道心】
蕎麦屋で飲むと言うことに対するワクワク感に加え、この店名
道の心って
あぁ、今日ここに来れたのは
もうこれは完全にこのお店に呼ばれてたんだな
と名前から勝手に実感。
引き戸を開け先に先生達が待つ、中に入る。
心地よい音でジャズが流れていた。
席に着き、ビールを頼む。
そして乾杯。いやぁ、いいねぇ。
あまり声には出さなかったが、(僕、今蕎麦屋で飲んでるよ!)感がどっとこみ上げてきた。
この感覚が無いぐらいに普段使いで蕎麦屋飲みが出来るほどまだ大人ではないみたいだ。
が、僕のその緊張感にも似たワクワク感はこのお店に良い意味で崩されていった。
蕎麦屋では静かな店内、落ち着いた内装の中で蕎麦を楽しむものだと思っていたのだが
よくよく見渡せば、井の頭公園でよく見かけたジャンベというアフリカのどこかの民族の太鼓が置いてあったり
大きなボードには一面にライブやイベントのフライヤーが貼ってある。
そこだけ見たら静かめなジャズが流れているのが変な気がしてきてしまった。
きっとご主人はロックな音楽が好きなんだろう。
ロックな思いを蕎麦にぶつけるお店。素敵じゃないですか。
抑えきれない熱いハートがあふれ出す、
そんな90年代初頭ロックな歌詞の一節がふと頭をよぎる。
これは早々に蕎麦を食べなくては、と
ご主人が思いをぶつける蕎麦を、と。
一緒に行ったメンバーが出し巻き玉子を頼んでいたが
蕎麦屋でゆっくり飲むと言うのはまた今度だ。
メニューの中から一押しっぽい
香織(かおり)そばをオーダーする。
ここも勝手に90年代のチャンプロードに載っている様な女性を想像してしまった。
数分後、奥さんと思しき女性が丁寧に運んできてくださった。
ごめんなさい、妄想が過ぎました。
が
目の前に現れた蕎麦は実にロック。
太いものから細いものまで様々な太さでざるの上に居た。
機械で切ったような蕎麦ではなく、ちゃんとご主人の手にかかったのが分かる。
蕎麦だけを食べてみる
とても香ばしく、ナッツのような香りが口にあふれる
ザラザラとした食感と合わさって、飲み込んだ後もしっかりと余韻を残すもんだから
ついついその余韻のうちにまた口に運びたくなる。
そばつゆはショットグラスのような器に入っていた
見慣れているせいか、ついついイエガーマイスターと勘違いして一気飲みしそうになるが
今日の僕は大人なのだ。
半分ぐらいを、蕎麦ちょこに移し入れ
蕎麦を少しだけ浸しながら一気に啜り上げる
あぁ、幸せ。
ずるずるずると、あっという間に平らげてしまった。
が、このお店の思いはこれだけに留まらない。
最後に出てきた蕎麦湯が、今までの印象を一蹴してしまうほどのパンチ力があった。
とろとろのポタージュスープのような濃厚な蕎麦湯
先ほどまで夢中になっていた蕎麦がもう一度強烈に蘇ってくる。
ご主人の熱いハートここに集結したり。
感服しました。
他のメニューも見てみると
蕎麦屋ならではの様々なおつまみが並んでいた。
そして、この強烈な蕎麦湯を使った蕎麦湯割りなんかもあるようだ。
今日のところは蕎麦を食べて終わってしまったが
これはこれは、近いうちに先生でない誰かを連れてきて
『ここのねぇ、蕎麦湯が最高なんだよ』と
蕎麦を勧め、それを見ながら大人になった感覚で
蕎麦湯割りを飲まねば
そう心に誓い、一軒目を後にしたのでした。
(ドータ 30代飲食店経営)