阿佐谷・入りにくい飲食店巡礼、41軒目。
パンク漫画家・勝見華子からメールが来た。
「よっ!オモロイ飲み屋情報聞いたよ」。
なんだよ、美容院でやってるバーとかじゃないだろうな?
「っとね、『葉山房』ってとこ。親父のキャラがいいらしい。一番高いメニューがサーロインステーキで480円。でも昔板前やってたから味は美味いんだって。ホントかよ」
へ~、葉山房っていったら駅ビル東側のゴールド街にあるやつ?2階の。まだ立ち退いてなかったのか?
で、調べてみた。どうやら立ち退きして、すでに再開店して賑わっているらしい。しかしあそこ、以前ゴールド街で行ったときは店内にオウムかなんか鳥がいて、鳥臭かった記憶がある。その記憶から、再訪してこなかった。
しかも店主はそこそこの高齢ではないのか?高齢で立ち退きになって店を閉める人も多い。それで再建したとなると、表敬訪問もしたくなる。
「オヤジがめっちゃ変わってるらしいよ。独り言デカイ声でずっと言ってるって」。ちゃんと飲み屋として推奨できる状態なのか?
というわけで、勝見華子と待ち合わせしました。
場所は、阿佐ヶ谷駅北口のロータリーを左北方向に進み、ビレッジ・バンガードのある道に入る。スター・ロードだ。しばらく行くと右にフィットネス・クラブがあり、通り過ぎた右の角を右折。突き当たりがラピュタになる道で、左に飲み屋の集合ビルがある。階段を下りると、入り口左が「葉山房」。立派な木製の看板がかかっている。
のれんの中を覗くとカウンターが横に延び、座って喋りに熱中するおばちゃんの背中が見える。満員だ。雑然とカウンターの上に物が置いてあり、全体がよく見えない。
思い切って入店。右奥には二人掛け卓二つ。カウンターはコの字で、おやじさんが一人でやっているらしく、左からぐるっと回り込んで向こう側へ行けという。10席はあるかな。
「はい~いよっ、おしぼりっ」。大きな声でおしぼりを渡してくれた。「これはサービスね」とえびせんみたいなのも。
壁には、あやしい古道具屋みたいにごたごた絵が飾ってある。
「なんか、いい感じじゃない?」勝見は古道具風の絵が気に入った様子。帆船の絵、兜の絵。ゴゼさんの絵も。江戸時代の質屋の出納帳みたいな達筆の筆で名前と金額を書き付けた紙束とかもぶらさがっている。天井に竹の井桁吊るして和傘がのっかっている。やはり雑然としかいいようがない。
ではでは、ビールでかんぱーい。
目の前には水槽があり、水草がいっさい生えていないのでなんだか不気味。鯉やなんだか分からない黒っぽい淡水魚が泳いでいる。黒い苔がたなびき、赤も青もいないんで、水槽なんだが癒やされないね。
「できた~、お通しだ」。
音楽はルイジアナ・ママとか、プレスリーとか。聞き慣れた古い洋楽が流れる。
突然、水槽の中で隔離されているカエルがバンザイをした。そのまま背伸びをして漂っている。何を覗きたいのか?
勝見は、水槽の向こう側、入り口近くのおばちゃんがうるさいのにいちいちに反応する。「あのオンナはきっと〇〇〇が臭いぜぇ」。なんで声だけでそう思うのかギモンだが、なるほど声がでかい。おやじさんが止めないので、どんどんボルテージが上がる。私的な会話がつつぬけだ。
「腰痛があってぇ、でも私がいうことじゃないかぁ」
「日野さんだって言ったからぁ」
「そんなの私に要求するのか」
なんか、大声で訴えてるらしい。
「そんなことワタシに言ったってっ」
「私に指導されたからって」
「あからさまだけど」
昼間の同僚を思い出して怒ってるのか。周囲には迷惑な客だが、私らは別に気にならないしな。保健外交員かなんかかしら?横の後輩の男に不満をぶちまけてるみたい。
調子が出てきたので、お目当てのを注文しよう。
「サーロインステーキをひとつね!」
メニューには「加工肉で美味しいです」と書いてるやつだ。
「はい~よっ、サーロインねっ」とおやじ。
「ハイボールもね」。
「ハイボール?わかったおらぁ」。大声で応えてリズムをとっているみたいだ。
しかし出てきたハイボールは、炭酸の泡がなかった。でも水割りぽくもないんで、泡の抜けた炭酸水で割ったのかな。
480円のサーロインは、すぐに出てきた。ジュージュー湯気を立て、付け合わせに芋がゴロゴロ入っている。つつくと結構ジューシーで、うまい。
陽水もかかっている。洋楽ぽいのが好きなのかなぁ。夕暮れ時はさびしくて~とか、一曲一曲CDを入れ替えているみたいだ。
「マスター、藤圭子はないかなぁ?」本日、亡くなったんで、聞いてみた。
「いや~藤圭子はねえなあ」
といったのに、じきに圭子の夢は夜開くがかかった。暗いなぁ。
「りゅう兄ぃ、これ、息子さんに渡してよ」と勝見。「華倫変」という著者の漫画本を渡された。『高速回線は光うさぎの夢を見るか?』とある。
「ドラッグで死んじゃったんだけど、叙情的でいいよ~」。勝見らしいな。こいつはいつも本や画集をもってきてくれる。「『人は不可解なほど自分か他人を傷つけていないと、落ち着かないらしい』ってこのセリフ、いいでしょー?」
と言うのでパラパラ頁をめくると、男性器がまんま屹立したコマがあり、次のコマで女子高生に挿入している。多重人格でいい子とは別にエロな子がいて、いい子が好きなのについエロとまぐわってしまう男子の噺らしい。
勝見は、下品なことをしばしば口走る女ではあるが、実のところそっちにはほとんど関心がないようで、自我の攻撃性にかんする表現にもっぱら反応する。
しっかし、こんなもん、父親が高校生の息子に渡せるかい?
藤圭子はなんで死んだかなぁ。でも自殺以外の死に方が似合わない気もするな。あるだけカネを使うらしいし、破滅型というか。
おやじさんは、『東京流れ者』をかけた。竹越ひろ子の歌だ。
「あの~、以前の店には鳥がいませんでしたっけ?」と聞いてみる。
「鳥はいたよっ、うるさいからやめちゃったよ」
オウムがギャーギャーうるさかったということらしいが、「やめちゃった」という言い方がいいな。焼き鳥にでもしたのかと想像させられるな。それとも空に放したのか。
阿佐谷には、10年ほど前まではこうした、サービス業としては穴もあるがそれが気にならなければ愛らしくも思える飲み屋が何軒もあった。1000円で2杯は飲めた『ランボー』やら、鰻丼を頼んだらつまみばかり出てきて、それから裂き始めて朝4時に鰻丼が出てくる『うな奴』とか、女将のお燗する場所が3畳ほどもあるのに客の卓は小さく、女性の2人連れは入店させない『北大路』とか。みんな、なくなっちゃった。
阿佐谷の昔の匂いがする『葉山房』には、いつまでも頑張ってもらいたいものだ。
おやじさんは、それなりの歳みたいだが、客も大入りで、大声でかけ声を上げ、楽しそうにみえた。
「酒かい、お~らっ」
ワタシたちは、四杯飲んでサーロインで、2500円。安っ!!
カウンターをぐるりと入り口側に回ると、こっちの水槽にはドジョウが何匹も浮き沈みしていた。
(センセイ)
(30代アングラ漫画家・勝見華子)